喪中だった翌年の年賀状は大抵転居先不明

私は360度山に囲まれた田舎で生まれ育ち、中高生時代の多感な時期にはよく文通をしていた人間なので、手紙っていいなぁと未だに思ってる。

雑誌や漫画家のファンクラブみたいなので知り合った文通友だちは、全盛期には十数人を超える文通相手がいて、ほとんど毎日といっていいくらい手紙を書いてた。ほぼ私自身の日記がわりだったのかもしれない。
楽しくて楽しくてたまらず、郵便屋さんのバイクの音が待ち遠しくてたまらなかった。顔も知らない会ったことのない人にあそこまで自分をさらけ出せたのは、若かったからなのか、手紙だったからなのか分からないけど、同じ文章でも、こうやって無機質な文字がただ並んでいるよりも、自分で書いた手紙の方が、手書きという独特な世界観があるようにも思えた。
あの時は本気で、日本各地に文通友だちを作るんだと夢を見ていた私。
中には実際に直接会えるくらい仲良くなった友だちも出来て、お互いの家に泊まりに言ったり、いろいろなところへ連れて行ってもらったりもした。都会育ちの友だちにしてみたら、田舎暮らしは退屈だったのかもしれないけど、田舎育ちの私には都会の世界は新鮮で憧れで、見るもの全てがキラキラしていた。
一度、たまたま出会った男の子の文通相手が1人いて、遊びに行った文通友だちの近くだったこともあり、内緒でその男の子の家まで行ったことがある。直接会えることはなかったけど、プレゼントのキーホルダーをポストに入れて帰ってきた。
数日後、実はその男の子は女の子が演じていた実際には存在していない架空人物だったことが判明したんだけど、その子との手紙のやり取りは、私の理想の男の子を勝手に重ね合わせた時間も含めて、ドキドキしたりハラハラしたり、ちょっぴり甘酸っぱい思い出のひとつかもしれない。

お年玉付き年賀はがき 平成31年
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